この地球に生きる

konohoshi ni ikiru

思えばある あるから思う

数日前の朝
どこかで花が咲いたのか
昨日までと違う香りがして
ただよう空気が変わって
とにかく気持ち良くて
わくわくしました。

毎日同じことを繰り返してるように思えても
感覚を使うと
毎瞬
新しい変化を見出すことができます。

面白いです。



前の投稿の続きです。



放つエネルギー(周波数)によって
現実が変わるなら

思ったことを現実にすることができる。


それを当たり前だと思えば
(それが起こる周波数を放てば)
思いは現実になります。



それがわかりやすく
確信に繋がったのは
家探しの体験です。



新潟に住んでいたときのこと。
私たちは
アパートで暮らしていました。


息子が生まれて

もっと家の中で動き回れるといいな〜

味噌の瓶とか梅干しとかで台所が狭すぎる

庭で植物育てたいな

なんて思うようになって
一軒家に引っ越したくなりました。


でもアパートがある場所は
夫の会社まで自転車で行ける距離。
夫は毎朝気持ちよさそうに
川沿いを自転車で走ったり歩いていました。

駅からも歩けるので
通勤にはちょうどいい場所で
幼稚園からもほどよい距離。


しかもアパートは社宅契約だけど
自分の都合で引っ越した場合は
自己負担になる。

普通に考えれば
引っ越すのは
微妙な雰囲気でした。

引っ越したいと思ったときは
もう新潟も六年目で
いつ転勤になるかわからないし
少しの間我慢しなさいと
親と義両親からは言われました。


でもそのときの私は
自分がいい気分でいることが
みんなにもいいことだとわかっていたので
引っ越しできる気がするな〜
と思っていました。



それでも実際は
不動産屋やインターネットを見ても
なかなか見つからない。
そもそも戸建ての貸家はほとんどありませんでした。

夫は何件も見学についてきてくれて
会社から遠く離れるのに
ちょっといい家があったら
ここにしてもいいんじゃないと言ってくれました。


でもなんとなくぴんとこなかった。

いまのアパートの近くで
私の理想の一軒家がある気がする・・


その日は週末だったので
ふと思いついて
アパートのある町の隣町まで
家族で散歩してみました。

そしたらなんと
思い描いていたような
庭の広い家があって
なんとなく中を覗き込んだら
人が住んでない雰囲気。

その場所の住所を
スマホで検索しました。

すると何年か前の賃貸情報がでてきたので
早速電話。

私「あの〜〇〇町〇丁目の空き家は賃貸してますか?」
不動産屋「ちょうど退去したばかりでまだ情報をインターネットにも載せてない家です。どうやって知ったんですか?」

やっぱりあったー!
ラッキー!

そんな流れで本当に引っ越すことができました。

私のわがままでお金は多くかかるし
親にも小言を言われたけど

引っ越してから
子どもたちは走り回って大喜びで
庭から入る日差しは気持ち良くて
広々と瓶を並べて
友達がよく遊びにきてくれて
夫も今まで通り自転車で会社に通えて

本当に全部が完璧で
引っ越してよかった
と心から思いました。

一年後には転勤が決まって
家を出ることになったけれど
たった一年でもあの家に住めて嬉しかったし
一生忘れない思い出になりました。


なんとなくだけど
引っ越せる気がするのは当たっていたし
思い描いていた家が
あって欲しい場所に
ぴったりとありました。

思いを現実にすることができる
やっぱりそうなんだなと
思った体験でした。


引っ越しシリーズで
いまの家の話。


娘の不登校をきっかけに
沖縄移住を決めて
たくさんの学校を見た中で
この小学校がいい!
と決めて家を探し始めました。

けれど
不動産屋をまわり
たくさんアパートを見て回るけれど
しっくりくるところがない。

海が見えて広くて
学校も近くて
というアパートを見つけたけれど
家の前が大きな道路なのが
モヤッとする。

でも絶対引っ越したいし
帰りの飛行機の日までに
絶対見つけたい。

でもしっくりこない〜
ぴったりの場所がある気がする。

そんな感じて日が過ぎて
焦って
一生懸命探して
やっぱり見つからなくて・・

あーいまの私の状態が
あんまりよくないな
と気づきました。
(周波数が落ちていると気づく。)


帰る日の前々日で
焦る気持ちを抑えながら
焦っててもいい流れにならないから
気分転換に
沖宮に参拝しに行ってみました。


そしたら気持ちの良い風が吹いていて
心が落ち着きました。

参拝し終わって
ベンチに座って
何度も何度もみたはずの不動産屋のサイトをふとチェックしてみました。

すると今までなかった
アパートの情報!

すぐに電話すると
まだ退去してないけれど三月中に引っ越す連絡があって新たに掲載されたアパートでした。


子どもたちと現地に行ってみると
思い描いていたのは
まさにここだーという場所に
アパートがありました。

小さな道を抜けて
守られている場所で
海が見えて
後ろには山があって
小学校も近い!


こうやって巡り合えたことに
たどり着けたことに
感謝の気持ちが湧きました。


いまの家が
私を待っていてくれた気がしました。


こんな体験を何度も何度も繰り返して


どーしても叶って欲しい!
と強く意識するより

当たり前にそれはあるよね〜

と自分に湧き上がった思いを
信頼するような感覚でいると
それは本当に起こることがわかりました。


あるとき思い出して
数年前に
新月の願い事(完了形で書く)
を書いたノートを見たら
書いたものは
全部叶っていました。


「沖縄に住む」
も書いてあって
書いた当時は
住むのは子どもたちの手が離れてからかな
と思ってたのに
こんなに早く現実になるとは
当時は想像もしてなかったです。



目の前の世界は
すべて自分の思考が創り出している
そう仮定するなら
いま目の前にうつっているのは
自分が当たり前だと思っている世界なわけで

いまの自分ではあり得ないような現実も
100%信じられたら
それは目の前に起こります。


そして
思ったことが
目の前に現れることを何度も繰り返すと
思いが現実になるのではなくて
現実になるから思いつくんだ
と思えるようになりました。



だから
いまの私ではありえないようなことも
行けるような場所ではなくても

ふと思いが浮かんだら

それを現実にするかどうかは
自分が選ぶことができる。

どんな突拍子もないことも

それ私やるんだな
そこ私が行くんだな

そう思って
思いつくまま信じて
行動していけば
どんなことも現実になります。




そういえば
神戸三宮の雑貨屋に行ったときに
ネイティブアメリカンがセージを炊く時に使う貝殻が売っていて

その頃家でよくセージを炊いていたので
欲しいなと思ってけれど
そのときはなんとなく
買わずに帰ってきました。


その週末に小豆島に家族でキャンプに。

海辺のキャンプ場で
早朝
気持ちがよくて、一人で海辺に座って
瞑想しました。

目をあけると
目の前にお店に売っていた貝殻がありました。笑


いまでもセージを炊くのに使ってます。



それが欲しいと思うのは
手に入るから浮かぶ

行きたいと思うのは
行けるから浮かぶ

やりたいと思うのは
やれるから浮かぶ

当たり前のように信じられたら
それはもう現実として存在しています。




わくわくして
安心して
湧き上がる思いを信頼して

私たちは
どんどん面白い世界を
創り上げることができます。



他の人が求めるものや我欲ではなく
魂が求めることなら
当たり前に起こる

それが一番わかりやすく説明されているのが
よしもとばななさんの小説です。


花のベッドでひるねして

このお話を読んだとき
そのときに感じていたことが
全部お話になっていて
すごく嬉しかったです。

説明しづらい
絶妙なニュアンスも
表現されています。




思いは現実になることに
気づいて実践を繰り返していたとき

たまたま読んだ少女漫画(となりの怪物くん)に

「物質は観測者がいて初めて存在する」

という言葉が出てきて
まさに!と思いました。

(量子力学の二重スリット実験)




思ったらすぐ目の前にあらわれる

そうかな?と思ったら
メッセージが現実にある。
(漫画とか映画とか・・すべてのものに)



何を思うか
何を信頼するか
何を感じ取るか

すごく大切にしています。





Yayoi